阪神電車で、酒どころでもある神戸市東灘区に来ました。
御影駅の駅前には、「澤之井の地」と書かれた碑があります。
ただの石碑ではなく、碑の上部からは水が湧いています。
駅を南側に出て阪神電車の高架下を覗くと、きれいに整備された「沢の井」も。
御影郷は、酒造地である灘五郷のひとつ。
六甲山の花崗岩をくぐってきた伏流水は、酒造に向いた硬水に近い水です。
豊富にたたえられた澄んだ水を見ていると、ここが街中の、しかも高架下であることを忘れてしまいます。
駅前に戻ると、最初の碑の後方に、高架下の商店街・「御影市場」の入口。
旨い水がある市場ということでしょう、「旨水館(しすいかん)」とも呼ばれています。
入口の右手には、和菓子の安政堂さん。
沢の井餅が名物のようです。
創業が1854(安政元)年ということは、170年近く続くお店。
市場としては、創業から100年少しのようです。
隣りには、商売繁盛を願う稲荷神社。
鶏肉店に、揚げたてが美味しそうなてんぷら屋さん。
ラーメン店に青果店。
商品がせり出しているので、高架下の通路はさらに狭くなっています。
やはり神戸の精肉店。
売りは「ぼっかけ」に欠かせない牛すじ。
御影市場が終わると、続いて大手筋商店街がありましたが、ここでは右手の山側に進みます。
御影中学校の前に、旧西国街道の道標。
街道の面影を残す、「西国街道の松」も残っていました。
この角を西に曲がります。
少し行くと一里塚橋。
橋の名前からすると、この辺りに街道の一里塚があったのでしょう。
さらに西に進むと、道は石屋川に突き当たります。
かつては、六甲山から切りだした御影石を加工する石材店が並んだことから、石屋川と呼ばれるようです。
角には、「徳川道起点」の案内板。
幕末に兵庫港を開港するにあたり、外国人と大名行列や武士との衝突を避けるために開かれた、幻の迂回路があったようです。
この角を、右手山側に少し進むと、
六甲山を背景に、神戸市御影公会堂がありました。
左側は、両岸に松が植えられた石屋川。
背後の六甲山もふくめて、周囲によく調和しながらも存在感のある建物です。
正面左はし上部にある丸い塔屋が特徴的。
地元の白鶴酒造の寄付により、1933(昭和8)年に竣工しています。
設計は、灘出身の清水栄二。
東京帝国大学建築科を卒業後、神戸市の初代営繕課長などを経て、神戸を中心に多くの小学校や公共の建物を設計しています。
丸い塔屋の下の角には、きれいにアールがつけられています。
西側の側面。
スクラッチタイルの外壁に、港町神戸らしい船を思わせるアールデコ調の丸窓。
同じ西側側面の階段部には、縦長で三角形の個性的な窓。
表現主義の影響も受けていると言われる建築ですが、清水の独創的な意匠がおもしろい。
裏側にあたる北面は、多くの丸窓を配した左右対称のデザインでした。
大震災でもびくともしなかった、重厚な柱が並ぶ玄関ロビー。
ロビー横の階段。
3階の集会室。
丸い塔屋の真下にあたる天井部分には、サークル状の意匠。
吹き抜け上部の採光部は、千鳥格子のガラス。
このような美しい公会堂ですが、1945(昭和20)年の神戸大空襲では、建物は残ったものの、内部をほぼ焼失しています。
野坂昭如の小説を原作としたアニメ映画「火垂るの墓」でも、空襲シーンでこの公会堂が描かれています。
外回りを見てみると、
損傷を受けた柱や、
焼けただれて煤が残る石などが、あちらこちらに残ります。
公会堂の地下には、公会堂の開館以来営業を続けている名物食堂がありました。
歴史を感じさせる店内の腰壁には、横に筋の入ったタイルが貼られています。
これも、一種のスクラッチタイルなのでしょうか。
定番のトマトソースが鮮やかなオムライスを、おいしくいただきました。
公会堂を出て、石屋川右岸の公園を南へ進みます。
「火垂るの墓」のモニュメント。
公園が途切れたところには、西国橋。
ここから、西国街道を少し西に進み、震災で大きな被害を受けた阪神電鉄石屋川車庫の南側に出ます。
もうひとつの清水栄二の建築、旧高嶋家住宅主屋がありました。
こちらは甲南漬の製造で成功した、高嶋家の元住居です。
1930(昭和5)年の竣工。
御影公会堂より、こちらのほうが3年早いようですね。
甲南漬とは、上質の自社製みりんを加えた奈良漬けです。
現在は、甲南漬資料館として公開されています。
左手に見える塔屋が、放物線を描くように丸みを帯びたパラボラアーチになっているのが特徴的。
エントランス上部には、縦に長い三角形の窓。
よく似た窓を、御影公会堂でも見ましたね。
2階部分には、段違いの窓。
エントランス横の個性的な照明。
優美な入口ドアの取っ手。
床のタイルもきれいです。
中に入るとすぐ脇に、魚に乗った少年の形をした噴水。
玄関と廊下の間には、圧迫感がなくユニークなデザインの間仕切り。
窓が丸く外側に張りだした、優美な洋室。
洋室の壁も床も、山形が連続する寄木張り。
とりわけ、暖炉まわりの床板の意匠は手が込んでいます。
暖炉に貼られたタイルも、山形が連続したデザイン。
階段です。
階段下の提灯などは、展示物。
廊下に置かれた年代物のアメリカ製ボイラーと、アーチが連なる廊下。
洋館としての東はしには、丸窓に美しいステンドグラスがありました。
酒どころ灘の御影郷。
高架下商店街の湧水も、酒造会社の寄付により建てられた公会堂も、酒造関連会社の社長旧宅も、酒造りの歴史と深く関わるものでした。
昭和初期の新しい感覚と個性があふれる清水栄二の建築は、そのような歴史の町に新しい風を吹き込んだことでしょう。
今日も、良い街歩きができました。