阪神電車で、神戸市灘区にある深江駅に来ました。
駅舎は船をイメージした設計で、この地域の海とのつながりを感じさせてくれます。
そもそも、「深江」という地名は、深い入り江といった意味ですよね。
実際、江戸時代から昭和40年代まで、深江は帆を立てた多くの打瀬船が停泊する、漁業の村でした。
駅舎の下を通る道路を少し海側へ進むと、道路沿いに「魚屋道(ととやみち)」の碑があります。
魚屋道は、江戸初期より続いた、深江から六甲最高峰を越え、有馬温泉に通じる山越ルートの交通路。
幕府が定めた正規の街道ではありませんが、遠回りを嫌う人々は、この道を利用して魚を有馬温泉に運んだようです。
すぐ横の、東西に交差する道路に面しては、「旧西国浜街道」の石碑。
西国街道のうち、大名の参勤交代などに使われた本街道と別に、庶民が使うのが浜街道でした。
縦に通るのが浜街道、横に通っているのが魚屋道。
ここは、江戸時代の庶民にとって、交通の要衝だったようです。
魚屋道をもう少し海側へ進み、深江大橋を越えます。
大橋の向こう側は、深江浜町とよばれる、1969(昭和44)年にできた埋立地。
この埋立地ができた頃から、元の深江浜での漁業は、急速に衰退していったようです。
埋立地には、昔の深江浜に代わって神戸の魚を取り扱う、神戸市東部中央卸売市場がありました。
市場内の風景。
お正月に向け、数の子なども売られています。
2階の食堂では、サワラのたたきなど刺身4種がついた定食を、950円でいただきました(あら汁は+100円)。
ふたたび、昔の深江浜に戻ります。
昔の浜沿いの道は、防潮堤の上にあるため、他より少し高くなっています。
浜沿いの道を少し東へ行くと、旧小寺源吾別邸がありました。
昭和初期に建てられた、大日本紡績社長の海浜別荘です。
現在は、お隣の太田酒造千代田蔵さんが、貴賓館として管理しておられます。
設計は、キリスト教の伝導を目的にアメリカから来日し、多くの温かみのある建築を残したW.M.ヴォ-リズ。
アーチ状のエントランス。
南東から見た外観。
3連アーチを配したバルコニー。
おしゃれな窓格子。
エントランスの柱の意匠。
エントランス内部とユニークな照明。
脇にある作り付けの下駄箱が、腰を下ろせるベンチになっているところなど、いかにもヴォーリズといった感じでしょうか。
多くの人が集って談笑できる、大きなテーブルのある1階洋室。
ヴォーリズ建築に欠かせない暖炉は、安定した瀬戸内海沿いの気候のためでしょうか、模擬暖炉でした。
アーチ窓に挟まれた暖炉の上には、有名女優さんたちの色紙。
この建物は、映画「母性」のロケ地として使われています。
たくさんの鋲が打たれたビロード張りの椅子。
サンルームの照明は、立体化された六芒星でした。
1階の洋室とリビングは、折り畳み式のガラス戸で仕切られ、一つの部屋としても使うことができます。
ヴォーリズが好きな、壁に作り付けた戸棚。
家具の出っ張りをなくし、生活しやすい空間が作られています。
引き出しのつまみは、すべてクリスタル。
ドアにも、ヴォーリズらしいクリスタルノブ。
たっぷりと収納可能で機能的な、キッチンの作り付け戸棚。
落ち着いた木の階段と手摺り。
2階洋室にある、キャンドルの形をした照明。
2階の和室。
外観は洋館ですが、内部は和洋折衷です。
バルコニーからは、埋立地ができて狭くなった海が見えます。
この家が建てられた昭和初期には、まだ前の海は広く、地引網や打瀬網の漁で賑わっていたと思われます。
ヴォーリズも、海辺の光や風を生かせるよう、この温かみのある住居を設計したのではないでしょうか。
旧小寺源吾別邸のすぐ北東に、かつて深江文化村と呼ばれた区画があります。
神楽町公園にある案内板です。
革命から逃れてきたロシア人音楽家たちが居住し、彼らを慕う多くの門下生も集まって、朝比奈隆や服部良一ら多くの日本人音楽家がここから生まれたそうです。
この村をデザインしたのが、ヴォーリズの弟子の吉村清太郎だったというのも、旧小寺源吾別邸と何か関係がありそうで面白い。
ただ、案内板には「宅地開発や震災により、今や2軒が現存するのみ」とあります。
1軒目は、区画の南端にありました。
1920年頃に建てられた、冨永家住宅です。
米国人建築家ベイリーにより設計された、ツーバイフォー構法の原型をなすもので、近代建築史上貴重な建築のようです。
国の有形登録文化財に、登録されています。
北側から見ると、アメリカ建築の雰囲気が良く出ています。
あと、現存するはずのもう1軒ですが、
残念ながら、ロシア風の急勾配屋根が特徴であった古澤家住宅は、更地になってしまった後でした。
今日は、魚屋道(ととやみち)の起点であった、かつての漁村・深江界隈を歩きました。
衰退した漁村に代わり、神戸市民に鮮魚を供給する東部中央卸売市場。
かつての深江浜に面して建てられた、温かみのある設計の海浜別荘。
大正期の異国情緒が漂う深江文化村に感じた、微かな残り香。
なかなか良い、街歩きとなりました。