今回は、京都市中京区の寺町通を、三条から北に向かって看板を訪ねます。
アーケードのある、寺町通専門店会商店街の入口。
アーケード入口の右手には、矢田地蔵とよばれる矢田寺。
小さなお寺ですが、平安初期より続いています。
そのお隣は、「生そば常盤」。
上部の市松模様の壁に、切り文字看板で「善哉」とあるように、元々はぜんざい屋さんだったようです。
昭和の香りを感じる出で立ちですが、創業はさらに古く、1878(明治11)年とのこと。
蛍光灯が照らすショーケースには、年季の入ったサンプルが並びます。
商店街歩きを始めたばかりですが、風情に惹かれ、いそいそと入店。
店内でイワシフライ定食をいただきました。
かけ蕎麦もついたこのボリュームで、850円。
懐かしい丸美屋のたまごふりかけも付いていて、外観そのままに、時代の変化におもねることのない期待どおりのお店でした。
北隣は、春には竹の子、秋には松茸が店頭に並ぶ「とり市老舗」。
明治の初めに、青果店として創業したようです。
合わせ木の看板はもちろん、その下の硝子部分にも、たくさん商品が紹介されています。
店内にある、すぐきと千枚漬の木製看板。
こちらには、「日本一 味と香り とり市のじ山茸」とあります。
隣りには、「千枚漬工房」が、
向かいには、京野菜料理を食べさせる「旬彩香房」も併設されていました。
続いて、軒下に小さくある「大芳」の看板。
赤く丸まったロゴマークが、ちょっと懐かしい。
今は、企画会社のようですが、元々は何屋さんだったのでしょうか。
ステンレスの梁にある「Coffee Smart」の文字が楽しい、スマート珈琲店には今日も行列。
京都で2番目に古い喫茶店の創業は、1932(昭和7)年。
なんとも独特な外観の「其中堂(きちゅうどう)」。
1930(昭和5)年の建築です。
仏教書専門の古書店だからでしょうか、庇上の木組みデザインが、ちょっと中国風の寺院に来たかのようです。
その上には、一文字ずつ金色の花形の上に「其」、「中」、「堂」、と篆書体で書かれた珍しい看板。
篆刻家・園田湖城の字のようです。
少し北には、お香や書画用品を扱う「鳩居堂」。
1663(寛文3)年に、薬種商として創業しています。
改装されていて、建物はとてもきれいです。
ただ看板は、1914(大正3)年に焼失した後に掲げられたもの。
お店のHPには、「確かな言い伝えによると、羅振玉(1866~1940)。また、山田古香(1852~1935)という説も。」とあります。
羅振玉は、甲骨文字の研究で有名な中国の学者。
辛亥革命後は、一時京都で暮らしていたようです。
山田古香は、江戸後期から活躍した書家。
いずれにしても、すっきりと美しい文字だと思います。
店内には、改装前まで屋根の上に置かれていた、双鳩の鬼瓦が展示されています。
お店の方には、快く撮影許可をいただきました。
この瓦には、「瓦師 甚兵衛 天保四年八月彫」と記されているようです。
「鳩居堂」は、平家物語に出てくる熊谷直実の子孫が経営されるお店。
熊谷直実は、まだ少年であった平敦盛を泣く泣く討った後、法然のもとで出家した、あの人物ですね。
デザインされている「向かい鳩」は、熊谷家の家紋です。
ちなみに、7代目店主の熊谷直孝は、日本で最初の小学校である柳池小学校を官に頼らず設立したさいの、中心的な人物でした。
毛筆売り場には、幕末の尊王攘夷運動に影響を与えた思想家・頼山陽の揮ごうで、「筆研紙墨皆極精良」の書が掛かっていました。
頼山陽は、日本の書画用品の品質向上のため、親身になって鳩居堂に助言をしていたようです。
鳩居堂の歴史には、教科書中の人物たちが、ごく自然に絡み合っているようでした。
お向かいには、看板ではなく、元看板。
切り文字看板を剥がしても、「六時屋洋服店」は存在しているかのようです。
こちらは、そもそも看板さえない古書店、「佐々木竹苞書楼」。
古い町家の軒先に積み上げられた古書の山、また山。
店内には、和綴じ本も多く並べられています。
看板は無くても、店の風貌が放つ圧倒的な存在感。
看板って何だろうと、少し考えさせられました。
ちなみに創業は、1751(宝暦元)年です。
創業は、1912(大正元)年。
少し進むと、本能寺の変の時からは移動していますが、本能寺があります。
織田信長の廟所もあるお寺です。
ここを過ぎると、広い御池通。
建物疎開とも言われ、空襲による火災の被害を少なくするため、この場所にあった建物は強制的にロープを掛けて引き倒されました。
寺町御池の角には、強制疎開によって取り壊されたお店が、その後復活しています。
アーケード出口の右側に見える、「亀屋良永」です。
1803(享和3)年創業の老舗和菓子店は、強制疎開による営業中断ののち、戦後の1952(昭和27)年にこの場所に戻られたようです。
掲げられている木製看板は、再建後のもの。
看板の文字は、達筆ではありませんが、とても柔らかく、優しい。
特に亀の文字が、可愛らしい。
「亀屋良永 実篤書」とあり、白樺派の小説家・武者小路実篤の書です。
国家の強制によって、営業を中断しなければならなかったお店にとって、この優しい文字は、とても良く馴染んでいるように思えました。
長い商店街ではありませんでしたが、今回も味わいのある看板に出会うことができました。
看板が無くても、在るかのように感じてしまうお店もありました。
看板を訪ね歩くのも、楽しいものです。
さて、次はどこを訪ねましょうか。